6月16日(日)9:00~10:40(2会場)
報告者あたり 報告20分 質疑応答5分(合計25分)
(第1会場)
1.不漁問題渦中の生鮮スルメイカ流通の実態
神山龍太郎・山本 晋玄・安田 健二・宮田 勉(水産研究・教育機構)
2.日本の小売業におけるイカ製品販売の実態~POSデータを利用して~
刀禰 一幸(水産大学校),佐野雅昭・久賀みず保(鹿児島大学)
3.北海道道東地域における大中型まき網漁業および魚粉生産の現状と課題
伊藤 麻華(元北海道大学大学院水産科学院院生)・佐々木貴文(北海道大学大学院水産科学研究院)
4.北海道における漁船漁業と新規就業者の動向-漁業生産150万㌧をめざす地域漁業政策の方向-
上田 克之(水産北海道協会)
(第2会場)
1.成長するシマアジ養殖の実態と課題-熊本県牛深地区を事例として-
久賀みず保(鹿児島大学)・吉田 朋代(元・鹿児島大学農林水産学研究科)・佐野 雅昭(鹿児島大学)
2.スマート養殖機器に対する生産者ニーズの基礎的調査
今川 恵・三木奈都子・桟敷 孝浩(水産研究・教育機構)
3.沖縄県におけるブルーカーボン・クレジット創出に向けた取組みの現状と課題
田村 拓嗣(農林中央金庫)・佐々木貴文(北海道大学大学院水産科学研究院)
4.「社会的生産=生活過程」論による沿岸漁業試論
-地区漁協による漁業権の配分がもつ意義の再解釈-
望月 理生(東北学院大学)
(第1会場)
神山龍太郎・山本 晋玄・安田 健二・宮田 勉(水産研究・教育機構)
(1)研究の背景と目的
スルメイカは刺身などの生食利用や塩辛や乾燥珍味などの加工利用など様々な形で日本人の食生活に馴染みの深い魚種である。特に生鮮スルメイカは従来、高鮮度・低価格という条件を日常的に満たす商品として、需要の大きい鮮魚であった。しかし、近年スルメイカは不漁の状態にあり、生鮮スルメイカの水揚量は著しく減少し、産地価格の高騰が起こっている。先行研究では不漁期におけるいか釣り漁業の経営実態やスルメイカ加工業者の実態が明らかにされてきたが、生鮮スルメイカの流通についてはまだ報告がない。そこで本研究は不漁期における生鮮スルメイカ流通の実態を明らかにすることを目的とする。
(2)方法
公表される統計資料を用い、スルメイカの不漁前後の価格等の変化を整理した。具体的には、産地価格については農林水産省水産物流通調査、卸売価格については豊洲市場等消費地の中央卸売市場の統計、小売価格については総務省小売物価統計調査および家計調査のデータを参照した。消費地の中央卸売市場のうち不漁期前後の統計データをウェブで公表している札幌、豊洲、横浜、金沢、名古屋、福岡について、出荷地別上場量および平均価格のデータを整理し、各消費地への生鮮スルメイカの流通状況の変化を調査した。農林水産省流通段階別価格形成調査のデータを用い、スルメイカの流通段階別のマージンの分布が不漁の前後でどう変化したかを調査した。
さらに詳細な流通実態を把握するために、不漁期前後において生鮮スルメイカの主要産地となっている青森県および石川県において生鮮スルメイカ出荷業者への聞き取り調査を実施した(2022年7月および10月)。また、消費地としては2022年11月に豊洲市場、2023年8月に名古屋市中央卸売市場、2024年2月に大阪市中央卸売市場の荷受業者に聞き取り調査を実施した。
(3)結果と考察
生鮮スルメイカの都道府県別産地価格は、2013年頃には青森県で230円/kg前後、石川県で370円/kg前後であったが、2016年以降はどの県も600円/kgの水準まで高騰していた。豊洲市場における生鮮スルメイカの出荷地別価格は、2013年頃には青森県と石川県でそれぞれ410円/kg前後、450円/kg前後であった。それが2016年以降には700円/kg以上、2021年には800円/kg前後となった。小売物価統計における東京都区部の「いか」の価格は、2013年頃には840円/kg前後、2016年には1,190円/kg、2021年には1,620円/kgとなった。札幌、豊洲、金沢、名古屋の中央卸売市場における青森県を出荷地とする生鮮スルメイカの上場量をみると、名古屋市場への流通量が特に減少していた。小売価格に占める小売業者の流通マージン比率は不漁前後で変わらず(約30%)、産地価格の高騰により生産者のマージン比率が高まった結果、中間流通を担う出荷業者等の流通マージンの金額と比率の両方が減少していた。
流通業者への聞き取りから、生鮮スルメイカの主要な流通は、産地の出荷業者が各浜からイカを買い集めて大消費地の量販店に出荷するという不漁期前と同様の流通が不漁期においても続いていることが明らかとなった。一方、次のような流通実態の変化も述べられていた。まず、物流面では、以前は産地から量販店のディストリビューションセンターにトラックが直行することもあったが、今はなくなった。トラック1台を特定顧客への荷物で満載することがなくなり、豊洲で仕分けする必要が生じているためである。小売業者においては、生鮮スルメイカの単価上昇のため、大型店や上位の店舗など限られた店舗でしか生鮮スルメイカを販売できない状況となった。
以上より、スルメイカの不漁は生鮮スルメイカの価格の高騰や流通構造の変化を引き起こしており、特に産地出荷業者にとって流通マージンが減少する厳しい経営環境となっていると考えられる。
刀禰 一幸(水産大学校),佐野 雅昭・久賀みず保(鹿児島大学)
近年、日本のマイワシ漁獲量は増加する一方で、イカ・サンマ・サケの不漁が続いている。2021年4月から6月に行われた水産庁による「不漁問題に対する検討会」i)では、海洋環境の変化を要因とした資源変動、イカ、サンマ、サケの不漁が長期的に継続した場合の施策のあり方等が検討された。その後も状況は悪化し、2023年3月から5月には「海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会」(水産庁)ii)が行われ、漁業生産面では漁法や漁獲対象魚種の複合化・転換、養殖業との兼業化・転換、加工・流通面では魚種の変更・拡大への対応に向けて対応していく方向性などが検討された。
このような資源変動による不漁問題は、漁業者だけでなく、水産加工業者の原料調達の不安定化など、生産から消費における様々な分野に影響を与えている。
本研究の問題意識は、不漁の最中にある3魚種のうち、イカを対象に、日本のイカ類の生産量が減少する中で、イカ製品の小売動向は現在どうなっているか、という疑問にある。それに対し、日本のイカ製品の小売動向を明らかにすることを本研究の目的とする。
研究方法は、先行研究・官公庁などの統計資料の整理、POS(Point of Sales)データ(以下、POSデータ)の分析を行う。本研究で使用するPOSデータは、売上高ランキング1~10位のうち、上位7社のスーパーマーケットをカバーし、POSデータに母集団に対するウェイト値を乗ずることで市場規模(日本全体の販売金額等)の推計を行った2013年から2019年のものである。2020年から2022年においては、新型コロナウィルス感染拡大防止策による外出自粛などの影響も考慮し、分析の対象外とした。
本報告では、日本の小売業におけるイカ製品販売の実態についての分析結果を報告する。
i)水産庁「不漁問題に対する検討会」,水産庁webサイト(2024年4月23日閲覧)https://www.jfa.maff.go.jp/j/study/furyou_kenntokai.html
ii)水産庁「海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会」,水産庁webサイト(2024年4月23日閲覧)https://www.jfa.maff.go.jp/j/study/arikata_kentoukai.html
伊藤 麻華(元北海道大学大学院水産科学院院生)
佐々木貴文(北海道大学大学院水産科学研究院)
現今、日本漁業を支えてきた漁船漁業は、資源量の不安定化や国際的な規制の強化などがあって、拡大の筋道を確保することが難しくなっている。こうした中で、管理可能な要素が多様である魚類養殖業は、持続的・安定的な生産が期待されてきた。
しかしながら、こうした魚類養殖業は、貝類などの無給餌養殖業とは違い、給餌を必要とすることから、飼料の確保体制や費用負担の問題は避けては通れない課題となっている。
実際、2022年度の農林水産省「漁業経営統計調査」によると、個人ブリ類養殖経営体と個人マダイ養殖経営体の支出のうちどちらも約7割が餌代となっており、養殖用配合飼料の供給・価格動向は給餌養殖業の経営を左右していると考えられる。
そこで本報告では、給餌養殖業の飼料生産に注目し、近年生産活動が活発化している北海道のA市、B町を対象に、飼料の原料となるマイワシ・魚粉の生産実態を明らかにすることで、現状の供給体制の把握と課題の表出を目的とする。
研究方法は、養殖飼料生産の動向を把握するため、公的な統計資料の蒐集・分析を行うとともに、北海道道東沖でマイワシを生産している大中型まき網漁業の操業実態を把握するため、北海道まき網協会、および漁業者にヒアリング調査を行う。対象とした漁業者は、長崎に本社があり、道東沖で2ヵ統の大中型まき網船団を用いて操業を行っているC社とした。また、研究対象地域に存立する魚粉メーカーを対象にヒアリング調査を行い、生産動向を把握する。対象とした魚粉メーカーはA市のa社、B町のb社とする。なお、A市には3社、B町には1社の魚粉メーカーが存立しており、A市では3社のうちの1社を対象とした。
分析の結果、本報告では以下の3点を明らかにした。
第1に、道東におけるマイワシのTACは、資源量の変動に伴い大幅に増加して設定されるようになっており、近年、大中型まき網漁業による操業が活発化していることが明らかとなった。
第2に、2016年から2022年までは、TACの消化率の平均値は96.3%であったのに対して、2023年では78.3%にまで低下した。そして、この背景には、北海道道東地域における大中型まき網漁業によるマイワシの水揚げ可能量が、仕向け先の88.5%を魚粉メーカー(ミール向け)としていることに起因して、1日あたり約5000トンから変化していないことが指摘できた。
第3に、A市・B町では、同じ漁場で漁獲されたマイワシが水揚げされているものの、それぞれ魚粉の生産体制や生産構造に差が生じていたことが明らかとなった。すなわち、原料の購入方法や、魚粉の生産技術に対する考え方など、経営方針の違いにより、製品の価格動向や仕向け先に差がみられていた。
本報告では、明らかとなった以上3点から、北海道道東地域における大中型まき網漁業、および魚粉生産の課題を、①生産拡大に向けた投資判断の難しさと、②経営維持の難しさであると結論付けた。
北海道道東地域において、マイワシ資源の増加を受けた魚粉生産を拡大するためには、マイワシ資源の安定的推移という自然要因はもちろんのこと、大中型まき網漁船団の操業維持が不可欠であり、またその漁獲生産を下支えする魚粉加工処理能力の増強が不可欠となっていた。
しかし実態は、マイワシ資源の増加傾向がいつまで継続するかの予測は難しく、乗組員不足や燃油・資材価格高騰、監督官庁の資源管理規制の強化方針などを後景に、漁業会社が漁船団を増強することはほとんど現実的ではない状況があった。もとより、魚粉メーカーでさえライン増強の判断は難しい状況が続いていた。
そしてこのことは、魚粉生産は漁業と水産加工業という両輪がうまく連動することが生産拡大には不可欠であることを意味していた。
上田 克之(水産北海道協会)
国の水産政策の改革による「資源管理と成長産業化の両立」あるいは「漁業所得の向上と就業構造の再編成」という方向を受け、地方政府である北海道は漁業生産150万㌧、漁業生産額(漁業就業者一人当たり)1,370万円と現状の15〜25%アップの目標に向かって長期計画を推進している。
しかし、そのための施策体系をみると総花的な取り組みがあげられているが、具体的な「成長」の筋道が見えてこない。
北海道の生産構造をみると、いわゆる栽培漁業の割合は沿岸で70%と高いが沖合を含めた総生産においては50%程度で、半分を占める漁船漁業に頼りながら生産を上げざるを得ないのが現状である。
現状の海洋環境の変化などによる急激な不漁は、まさに漁船漁業を直撃している問題であり、ここに手をつけるためには地域別業種別階層別の経営実態調査と、それに基づくきめ細かな経営対策(いわゆる営漁指導)を、食料安保の観点から直接支持の方法で検討すべきだろう。
北海道漁業の基本指標を概観し、現状と課題、どんな対策が必要なのかを考える。特に「成長」のためには、担い手の確保が不可欠であり、北海道の新規就業者の動向、どういった分野の漁業に就いているのかを見ながら、支援のあり方にも触れたい。
(第2会場)
久賀みず保(鹿児島大学)
吉田 朋代(元・鹿児島大学農林水産学研究科)
佐野 雅昭(鹿児島大学)
日本の養殖生産量は、1980年代にかけて順調に増加し、1988年に143万tでピークを迎えた。その後は減少の一途をたどり、2019年に100万トンを切り、2022年は94万トンとなっている。このうち魚類養殖は29%を占め、産業として重要な位置にある(2022年)。1992年の37万トンをピークに緩やかな減少傾向を見せながら30万トン水準を維持し、直近10年では28万トン前後で横ばいに推移してきた。とりわけブリおよびマダイは、魚類養殖生産量の70%を占めるが、これら代表的な魚種においても、直近10年は13万トン、6万トンの生産量で横ばいとなっている。この生産量の安定には2014年以降、水産庁による養殖生産数量ガイドラインの設定が背景にある。この政策的な生産調整が必要なほど、両魚種ともに市場成熟期を迎えていることは明らかである。また、2020年から輸出市場の拡大を念頭においた、国の養殖業成長産業化総合戦略が策定された。ブリ類、マダイともに戦略的養殖品目に指定され、2030年に向けて大幅な増産が目標とされているが、先の生産数量をみれば増産には至っていないのが現状である。すなわち、日本の魚類養殖を代表するブリ、マダイ養殖は、産業の縮小・再編の過程にあり、現在もなお進行形であろう。
一方、養殖シマアジは、生産量が順調な増加傾向を示している。生産量は4,500トンと非常に少ないが、その推移は順調に右肩上がりである。他の養殖対象種や生産量が1万tに満たないヒラメ、フグ類などと比較しても、生産量が増加し続けているのはシマアジのみである。つまり、シマアジ養殖は日本の養殖業の中で唯一生産量が増加しており、成長がみられる養殖業と位置づけられるのではないだろうか。
しかし、シマアジ養殖の実態は明らかではなく、また現在の成長メカニズムも解明されていない。そこで本研究では、シマアジ養殖の実態と課題を明らかにすることを目的とする。研究対象は、主要産地である熊本県牛深地区の代表的な2つの養殖経営体である。
今川 恵・三木奈都子・桟敷 孝浩(水産研究・教育機構)
近年、養殖業の作業効率化や海洋環境情報の収集・予測に資するとして、スマート養殖機器の実証実験や導入事例が見られるようになった。水産庁においても、「ICT、IoT 等の先端技術の活用により、水産資源の持続的利用と水産業の産業としての持続的成長の両立を実現する次世代の水産業」※1として養殖業含む水産業のスマート化を推進している。だが、日本はノルウェーなどの養殖大国と比較すると養殖品目が多岐にわたり、経営のあり方も家族労働を中心とする小規模家族経営や漁協自営、企業的経営等幅広く存在しているので、当然、経営規模・養殖品目ごとに生産者がスマート養殖に求めるものは異なってくる。そのため、特に日本養殖経営の多くを占める小規模家族経営体の生産現場におけるニーズは目の届く所にあがりにくく、提供される技術・機器や普及事業とのミスマッチが生じていると考えられる。本研究ではこうした課題に向けて、多様な階層におけるスマート養殖のニーズを把握するために、和歌山県下の養殖業者・関連団体に対して、養殖経営における課題は何か・スマート養殖にどのようなことを求めるのかといった視点から和歌山県資源管理課と協力してヒアリングとアンケートを行い、スマート養殖に対する生産者の具体的なニーズ、また普及される機器や事業と生産者ニーズとの間に存在するミスマッチを抽出し、生産現場におけるスマート養殖導入の課題を明らかにする。和歌山県の養殖規模は決して大きくはないものの、県内の幅広い地域で藻類養殖やマダイ養殖、マグロ養殖、カキ養殖など多様な品目が様々な階層の経営体により営まれていることから、今後の参考となる知見が抽出できると考えられる。
※1 https://www.jfa.maff.go.jp/j/kenkyu/smart/ 2026年4月26日閲覧
田村 拓嗣(農林中央金庫)
佐々木貴文(北海道大学大学院水産科学研究院)
2020年10月、菅義偉首相(当時)は第203回臨時国会において「2050年カーボンニュートラル宣言」を出し、政府全体として2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという新たな目標を設定した。これにあわせ経済産業省は、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、カーボンプライシングの促進や、新たな技術によるクレジット創出について言及した。
国内クレジット制度自体は、2008年に整備され、2013年からはJ-クレジット制度として、省エネ・再エネ設備の導入や森林管理等による温室効果ガスの排出削減・吸収量について、クレジット認証する仕組みが整備されてきた。2023年10月には、東京証券取引所において、カーボン・クレジット市場も開設された。
そうした中で、海洋生物によって大気中のCO2が取り込まれ、海草やマングローブ、塩性湿地などの海洋生態系内に吸収・貯留された炭素であるブルーカーボンも注目されるようになっている。実際、「令和5年度水産施策」においても、「カーボンニュートラルへの対応」として「海藻類を対象として藻場の二酸化炭素固定効果の評価手法の開発、ブルーカーボン・クレジットを活用した藻場の維持・保全体制の構築に向けた社会実装を推進」すると明記された。
具体的な取組みに向けては、国土交通大臣認可法人の「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合」(JBE)が主導する「Jブルークレジット制度」が創設されており、クレジット売却による活動資金の獲得や認知度の向上、企業等の支援による取組みの活性化等が期待されている。近年では、大型藻類を対象とした養殖事業由来の「Jブルークレジット」についても、認証実績が見られ始めている。
そこで本報告では、沖縄県のモズク養殖業に着目し、従来の藻場・干潟保全の取組みを踏まえた、新たなブルーカーボン・クレジット創出に向けた現在進行形の取組み実態を明らかにし、あわせて今後の課題を表出させることを研究の目的とした。
研究方法は、ブルーカーボン・クレジット制度に関する公的資料の蒐集・分析、ならびに沖縄県内でモズク養殖を展開している漁協へのヒアリング調査と関連資料の蒐集・分析とした。対象漁協は、県本島北部に位置するA漁協・B漁協、それに県本島より西方約100kmに位置する離島のC漁協とした。分析結果は、以下の3点となった。
第1に、各漁協では、収益性向上と得られた資金による新規就業者への支援、漁場の監視機能向上などを目指し、ブルーカーボン・クレジットの創出に関心が高まっていた。一方、ブルーカーボン吸収量の算出には、モズク養殖における単位面積当たりの吸収量や残存係数を測定する必要があり、この算定の正確性をいかに担保するのかが課題となっていた。
第2に、藻場保全事業に取組む各漁協では、当該事業の発展版としてブルーカーボン・クレジット創出を検討する動きがみられた。これには、従来の藻場保全事業の金銭的負担の大きさや、成果上の課題などが後景にあった。
第3に、 取組みの推進のため協議会設置の必要性を指摘する漁協があるものの、関係者間で制度への理解に濃淡があるため、必ずしも一致した方向性が見いだせていないことがあった。
すなわち沖縄県においては、残存係数の測定技術が確立していないことや漁協職員の人員不足などに起因して、養殖業関係者に対して、ブルーカーボン・クレジット創出のメリット訴求が難しい環境があるといえた。さらに、いまだ認証実績が僅少であることも、事例や取引実態について関係者の理解を促すことが容易ではない状況をうみだす要因となっていた。
望月 理生(東北学院大学)
本報告では,「社会的生産=生活過程」論から沿岸漁業を捉え,地区漁協による漁業権の配分がもつ意義を改めて解釈してみたい。尾﨑芳治の「社会的生産=生活過程」論は,マルクスが「生産」を「生活の生産」として捉えている点に注目して概念を整理したものであり,論述は多岐にわたる。ここでは,「物質的生産諸力」と「人間の歴史」,「生活過程」から漁港や漁場を含む今日の漁村を措定し,「人間」を捉えてみたい。
まず,「物質的生産諸力」は,「労働手段と労働対象」である「物的生産諸条件」と,「労働力」である「人的生産諸条件」との2つの契機から構成される。「物質的生産諸力」は「既得の生産諸力」により限界づけられていることで,「人間の歴史」の連続性が与えられ,発展の基礎がおかれている。このような視点からみると,漁業は漁場という水界を労働対象とし,労働によって有用水産動植物を取得する営為であるといえる。さらに,一定の漁業生産力の発展度に応じた一定の「生産の物的・人的諸条件」として,漁場や漁港を捕捉することができる。ここでは,歴史的段階に応じて,漁場や漁港などを含む漁業の営為を内包する空間が措定される。
対して,一定の「物的生産諸条件」と「人的生産諸条件」からなる一定の「生産の編制」は,つねに一定の「社会的関係」規定を受けとったものとして現実に存在している。「社会的関係」規定を受けとった「生産の編制」は,生産諸条件の分配関係を介して生産物の分配関係を定め,生産物の分配の結果として取得・所有を生産する。したがって,歴史的な発展度における「特定の『生産の編制』」は「特定の分配-交通様式」を規定し,また「特定の分配-交通様式」に媒介され「特定の取得様式」が現れる。生産の結果として措定される所有は再び生産の前提となる。この過程が「社会的・物質的生活の生産の総過程」である。
また,「人間による社会的な『物質的生活の生産過程』は即『かれらの現実の生活過程』」であり,「かれらが,対自然のおよびかれら相互の関係にかんする諸観念・諸表象・意識を生産する過程」でもある。以上のように「社会的生産=生活過程」が把握される。ここから,漁業の営為を内包する空間において,漁業を営む人間の「生活過程」の場として漁村を捉えることができる。ここでいう漁業を営む人間は,漁業生産を担うだけの人間ではなく,「生きて・意識し・活動している諸個人としての人間」である。
以上を踏まえ,宮城県本吉郡南三陸町戸倉地区におけるカキ養殖の取り組みをみていこう。当地は,東日本大震災によりカキ養殖施設がすべて流されるなど甚大な被害を受けた地域である。復興時には震災前のカキの過密養殖を解消する取り組みを実施し,大きな成果を得た地域でもある。具体的には,養殖施設数を震災前の3分の1に減らすとともに,各経営体がもっていたカキ養殖の漁業権をすべて漁協に戻し,独自のポイント制に基づき漁業権を再配分するものであった。ポイント制では,後継者のいる経営体にポイントを多く付与し,安定した収入を確保できる仕組みとしている。この結果,カキの生育の向上が生産額を押し上げるとともに,養殖施設の減少が労働時間の短縮をもたらし,後継者の確保も進んでいった。さらに,取り組みを通じて漁業者の意識も大きく変わっていった。
当地の取り組みは,特定区画漁業権の組合員行使権の再配分を通じて,組合員間の生産諸条件の分配を変えることで取得・所有を変え,後継者のいる経営体に生活の再生産の保障を与えるものであったと評価できる。これは,地区漁協による漁業権行使の決定方法の変更が,漁村の生活過程を変えうることを示している。また,当地における「生産の編制」の変化が,実践の成果を通じて,自然的関係や社会的関係に対する意識を変革し,行動を変える契機になっていたことも注目される。