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2023年5月24日

【漁業経済学会第70回大会 シンポジウム】
食料安全保障と水産業~食料危機と水産業の意義

【背景と解題】

コーディネイター:佐野雅昭(鹿児島大学)

気候変動により世界の農業生産が不安定化しつつある中、ロシア・ベラルーシ対ウクライナという農産品・肥料輸出国同士の戦争が長期化し、世界の食料貿易は急速に縮小している。飢餓リスクに備えて基礎的食料品の禁輸措置をとる国も増加しており、輸入品に依存してきた日本の食料市場は激震している。加えてエネルギー価格や石油製品価格の高騰もあり、あらゆる食料品カテゴリーにおいて絶対量の不足と価格高騰が現実化している。飼肥料まで考慮した日本のカロリーベース食料自給率は先進諸国の中でも最低水準であり、食料が不足する事態が現実的に危惧されるようになってきた。こうした状況は高度成長期以降初めてのことであり、過度なグローバル化のマイナス面が急速に顕在化しているとも言えよう。
 水産業をとりまく経済環境はこのように全く新しい状況を迎えつつあるが、今こそ食料安全保障の文脈で、日本水産業を再認識・再構築する必要があるのではないか。そこで当シンポジウムではこうした状況下における日本漁業の存在意義やそのための課題、分析視角などを、多様なバックグランドを持つ報告者により多元的に提示していただき、会員間で共有することを目的とした。そこで漁業経済学会外より、近年メディア等で食料安全保障問題について幅広く発信している鈴木宣弘東京大学教授及び長谷成人元水産庁長官にご登壇いただき、より広い視野から議論を進めたい。
 なお、養殖業もこうした状況の中で大きな変革期を迎えているが、昨年度の大会で集中的に議論したこともあり、今回は漁船漁業に焦点を当てた議論を行いたい。


【報告者プログラム】(タイトルは変更される可能性があります)

 司会:佐野雅昭・甫喜本憲
  13:00~13:15 代表理事挨拶及びシンポ解題:佐野雅昭
  13:20~13:50 鈴木宣弘 「日本の食料安全保障とそのリスク」
  13:50~14:10 長谷成人 「日本の食料安全保障と水産政策上の課題」
  14:10~14:20 休憩
  14:20~14:40 末永芳美 「国際的視点から見た日本の水産業と食料安全保障」
  14:40~15:00 工藤貴史 「日本漁業の意義と課題~食料安全保障の視点から」
  15:00~15:20 佐々木貴文 「安全保障の視点からみた日本漁業の担い手問題」
  15:30~17:00 総合討論

【報告要旨】
第1報告:日本の食料安全保障とそのリスク

鈴木宣弘(東京大学)

クワトロ・ショック(コロナ禍、中国の「爆買い」(小麦、大豆、トウモロコシ、牧草、魚粉、肉、魚も)、異常気象、とどめがウクライナ紛争)に見舞われ、食料やその生産資材の輸入途絶は現実味を帯びてきている。
 中国の食料輸入の激増による食料価格の高騰と日本の「買い負け」懸念が高まってきていた矢先に、ウクライナ紛争が勃発し、小麦をはじめとする穀物価格、原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が増幅され、食料やその生産資材の調達への不安は深刻の度合いを強めている。
 ロシアやベラルーシは「敵国」日本には売らないと言い、世界の穀倉ウクライナは破壊され、そうした中で、自国民の食料確保を優先して防衛的に輸出制限する国が増え、約30か国にのぼっている。
 日本の食料自給率は種や肥料や水産養殖の飼料などの生産資材の自給率の低さも考慮すると、38%どころか10%あるかないかで、海外からの物流が停止したら、米国のラトガース大学は、世界で最も餓死者が出るのが日本であり、局地的な核戦争による物流停止で日本人口の6割、7200万人が餓死するとの試算も出されている。
 今こそ、国内農水産業の生産基盤を強化しないといけないはずだが、逆に、国内農水産業は生産コスト暴騰でも農産物の販売価格が上がらず、このままでは農漁家の廃業が激増しかねない。
 国内農水産業は過保護に守られてきたから衰退したというのは間違いである。農産物関税も11.7%と低いが、水産物は4.1%しかない。農業所得に占める補助金割合も欧米は100%前後だが、日本農業は約30%で、さらに、日本水産業は18%と極端に低い。
 命を守り、資源・環境を守り、地域コミュニティを守り、国土・国境を守っている産業を国と国民が支えるのは世界の常識だ。特に、水産業は、食料として命を守る「国防」のみならず、日本の沿岸部の国土を守る「国防」としての役割も大きい。防衛費に偏らず、農林水産業への財政投入を強化すべきである。
 巨大企業に生産を集中していけば成長できるという流れも指摘されているが、欧米では、それが地域社会を衰退させたことも反省し、日本の共同体的な水産資源管理を「最先端」とする見方も出てきている。日本の水産資源管理から学んで共同体的な資源管理が最も有効だという論文でノーベル経済学賞を受賞したのはオストロム教授である。
 世界が評価する共同体的な資源管理を維持し、多くの漁業者が協同して事業を継続できる仕組みを強化し、大企業も、その共同体ルールの中で支え合いながら共存し、水産資源の持続を可能にし、豊かな地域コミュニティを一緒に発展させることこそが日本水産業の持続のために不可欠ではないだろうか。

第2報告:日本の食料安全保障と水産政策上の課題

長谷成人((一財)東京水産振興会)

昨年4月に閣議決定された水産基本計画では、2032年の食用魚介類について、資源管理ロードマップ、養殖業成長産業化総合戦略、輸出目標を踏まえ、生産面ではすう勢値263万トンを439万トンに拡大し、消費面では魚離れで見込まれる減少幅を三分の一に食い止めることで、94%という極めて「野心的」な自給率目標設定がなされている。
 生産面に限っても、温暖化により激変する海洋環境の中で、柔軟かつ順応的な対応が求められるし、特に漁獲量管理については外国船や遊漁者との関係での公平感の確保、魚種選択性の低い漁法についての運用上の柔軟性など克服すべき課題が多い。養殖面でも、人工種苗比率の向上、配合餌料給餌への転換など課題が多い。拡大する陸上養殖については、種苗、餌に加え電気代の負担増などその動向を注視する必要がある。
 さらには、食糧安全保障と並ぶ大きな課題であるエネルギー安全保障やカーボンニュートラルとの関係で、食糧安全保障に留まらない総合的な政策判断が求められる。2040年30-45GWの案件形成が閣議決定されている洋上風力発電の具体化が各地で進行中だ。政府は目標達成のためには沖合化も必要であるとして、浮体式洋上風力発電の導入目標を早期に策定したいとしつつ、対象水域をEEZまで拡大するための再エネ海域利用法改正も検討している。今年4月28日に閣議決定された第4期の海洋基本計画では、この問題を「海洋空間計画の一形態として適切に位置付ける」との一文も挿入された。わが国漁業生産の主力をなす沖合漁業のまき網漁業や底びき網漁業は風車施設と空間的に共存が困難であり、生産力拡大はおろか維持のためには再エネ海域利用法が求める「漁業に支障を及ぼさないことが見込まれる水域」を見出す適切な棲み分け作業が不可欠だ。

第3報告:国際的視点から見た日本の水産業と食料安全保障

末永芳美(農林水産政策研究所客員研究員)

実質的な200海里時代(1977年)が始まるまで、日本は自国の水産物を自給し輸出国でもあった。戦後、日本は奇跡的な年率10%ほどの高度経済成長(1955~73年)を果たしたが、石油ショックを機に状況は一変した。その4年後、200海里時代へ突入した。米ソによる「冷戦時代」(1945~89年)の中、遠洋漁業国の雄でもあるソ連が米国と手を結び200海里を施行すると見通してはいなかった。我々は、軍事対立と経済的利害は別物との世界の現実を知ることとなった。米ソは互いの軍事覇権の支障とならない排他的な「200海里」水域の枠組み創出で手を結び、これにノルウェーが加わり国連海洋法条約の成立に向けた動きが走り出し、瞬く間に世界中の国々は「200海里」実施へと突入した。
 長いこと日本の水産物輸出で一致してスクラムを組んできた日本人漁民、大手水産会社及び総合商社は、これを機に沿岸国200海里内水産商材を巡って競合する関係へと変化し、円高も加わり水産物輸入国体制へと向かって行った。
 高度経済成長期に沿岸漁業等振興法の下、沿岸・中小漁業を振興し沿岸漁業者の福祉の向上を目指して輸入水産物の調整等を図ってきたものの200海里を契機にそれが変化をきたした。遠洋・沖合の乗組員を送り出して来た沿岸漁村の出身者は、特に遠洋漁業に未来展望を見いだせず若い新規漁業就業者は減り続けていった。それに加え1961年(S31)に始まった厚生年金制度では、5トン未満の沿岸漁業者は所得捕捉が困難との理由で対象から除外され今日に続いている。漁業本来の収入の不安定に加え、高齢になっての過小年金(国民年金のみ)は、子息の後継者への継承意欲を低下させた。
 なお、海上労働者へのインセンティブを与えてきた漁船員を含む船員を厚遇した船員保険(1939年・S14~)も加入者数が昭和46年にピークを迎えた後、1986年(S61)に実質的に厚生年金に統合され陸上勤務者との差がなくなった。
 200海里が実質的なスタートしてから46年目が過ぎて、一部の国々(自国民による未利用水産物を抱える栄養塩豊富な漁業生産性の高い漁場を排他的に占有できる国々)は輸出水産物を戦略的確保し特段の経済利益をもたらした。
 我が国の漁業・養殖業はピークの約1,200万トンが、今日の1/3の約400万トンへと激減したのは資源管理の数量管理の失敗を原因に求める声が強い。しかし、原因の単純化はより良い政策の選択決定を危うくすることもあり得る。
 日本が自国200海里の施行を猶予している間に極東の近隣国等は何れも「海洋強国」を目指し、気が付けば西日本ではEEZの境界も定められず曖昧な暫定措置水域を残したまま、共通の跨海性資源のTACによる共同管理の目途も立たず、大平洋側に回れば極東の近隣国等の大型精鋭漁船にとり囲まれ資源管理どころか自国漁船での水産物の自給体制も脅かされ。それどころか輸入するまでに至っている。水産物の輸入力は「国力に比例する」とされてきたが、近年急速に弱くなってきた円では、必要な水産物(動物蛋白質)も確保できず、気が付けば自国漁船団も漁船員もいない状態に陥っている。漁船員としてまた沿岸漁業者として、安心して水産物の食糧安全保障を守り抜く安定性のある職業にするためには、省庁の枠を超えた安心なライフサイクルを見通した年金等まで含めた施策が求められよう。
 筆者が元駐日アイスランド大使に、日本と異なり高齢沿岸漁業者がいない理由を問うたところ、「自国周辺は海が荒いことのほか、年金が充実しているので高齢まで働く必要がないからだ。」と言ったことが印象に残っている。

第4報告:日本漁業の意義と課題~食料安全保障の視点から

工藤貴史(東京海洋大学)

本報告は、食料安全保障の視点から日本漁業の存在意義を明らかにして、存続するための課題について検討することを目的としている。
 日本では水産物の消費量が減少する傾向にあるものの、たんぱく質給源としての位置付けは依然として高い。「食料需給表」によれば2021年度における国民1人1日当たり動物性たんぱく質供給量のうち魚介類の占める割合は28.3%であるが、畜産物の個別品目(鶏肉18.0%・豚肉14.9%・牛肉6.5%)よりも高い。さらに同年度における自給率(畜産物は飼料自給率を反映した自給率)から同たんぱく質供給量のうち国内生産量を推計すると、魚介類の占める割合は62.2%となり、その重要性がより明確になる。また、国産水産物によって供給されているたんぱく質を畜産物で代替する場合に必要となる飼料作物の農地面積は日本の農地の1.3倍と推計されており、漁業は畜産業よりも環境負荷が少なく効率的にたんぱく質を供給することができる。食料安全保障そして「たんぱく質危機」が不安視されるなかで、水産物の安定供給は国民的課題さらには人類的課題といえよう。
 水産物の安定供給が実現されるには水産資源を総合的に利用する必要があり、そのためには漁業種類、経営形態、流通システム、消費形態の多様性が維持されなければならない。そして国内の水産物は津々浦々に点在する産地から分散的に供給されており、それぞれの産地において地域漁業が存続することが水産物の安定供給の条件となる。地域漁業の存続は持続可能な地域社会の実現への貢献が大きく、これからの人口減少社会において地域の社会・経済を支える漁業の存在意義はますます高まっていくであろう。
 以上の通り、食料の安定供給と地域社会の維持といった漁業の社会的意義が高まっているが、経営体数と生産量の減少傾向が続いており日本漁業は危機的状況にある。昨年度のシンポジウムにおいて長谷川健二氏が魚類養殖業では全階層的な経営の不安定化が進行していることを指摘しているが、漁船漁業においても生産資材の価格が高騰しており全階層的な経営不振が続いている。なかでも日本漁業の大宗を占める個人経営体は再生産の展望が見出せない状況にある。現在、個人経営体において世帯内継承によって再生産可能な経営は全体の約2割に過ぎず、それ以外の単身操業による漁業経営には新規参入者が極めて少なく経営体数の減少に歯止めがかかっていない。
 今後も漁業経営体数が減少することは不可避な状況において、水産物の安定供給を実現するには持続可能な漁業経営を如何にして構築することができるか、そのために地域漁業の生産構造と就業構造をどのように再編成するかが重要である。具体的には漁業経営体数の減少に応じて地域全体の漁場・資源利用、漁業種類、労働力、経営形態の組み合わせを再編成することで持続可能な漁業経営を創出し、それによって地域全体の漁業生産を維持していくといった対応である。さらに、このような現場での実践だけでなく食料政策としての新たな対応が必要である。漁業の産業特性に対応した新たな支援手法の検討とそれを支える政策理念(自給力概念・食料供給産業・社会的費用)の醸成が求められていると考えられる。

第5報告 安全保障の視点からみた日本漁業の担い手問題

佐々木貴文(北海道大学)

国立社会保障・人口問題研究所は2023年4月、日本の総人口が2070年に8,700万人に減少し、高齢化率は38.7%(2020 年は28.6%)へと上昇する試算を公表した。厚生労働省が公表する合計特殊出生率も、人口維持に必要な値に遠く及ばず、過去最低であった2005年の1.26からわずかに反発した1.30(2021年)にとどまっている。
 こうした人口減少社会と超高齢社会の到来は日本漁業にも深刻な影響を及ぼしている。高等学校卒業者数は減少を続けており、新規就業者の安定的な確保は難しくなっている。水産科を設置する高等学校を卒業した者も、漁船漁業の特殊な労働環境を避けるように商船への就業を選択するケースが増え、漁船漁業の乗組員不足が顕在化している。
 実際、漁業センサスからは、遠洋・近海マグロはえ縄漁船や近海カツオ一本釣り漁船など、様々な漁業種類で乗組員の高齢化が進行していることがわかる。大日本水産会の調査(2021年)でも、遠洋漁船を中心に高齢化が進んでおり、機関士に限れば30.8%が70歳以上(46.7%が65歳以上)であることが示された。
 他方、今般では日本人ではなく外国人材の導入で操業を維持する動きがみられており、2014年3月時点で1,042人であった漁船漁業(定置網を含む)で働く技能実習生は、2020年3月時点で1,917人に増加した。技能実習生以外にも特定技能1号外国人(2021年末:320人)やマルシップ船員(2021年:4,187人)も働いており、漁船漁業は彼らの存在を前提とした産業となった。
 技能実習制度との連続性がある特定技能制度は、今後も活用事例が増加すると考えられており、出入国管理庁は2023年4月に漁業分野も対象とした2号制度の拡充案を提示している。この「特定技能2号」在留資格は、在留期間の更新に上限がなく、事実上、無期限に滞在可能で永住権取得の道を開くものとなっている。
 漁船漁業分野では、かかる特定技能制度の拡充で外国人海技士の養成・確保などを目指し、産業の「持続性」を強化することができる。しかし一方で、漁業分野での外国人依存は、漁村や漁業の姿を大きく変容させる可能性を包含している。永住者は「外国人漁業規制法」や「漁業主権法」での規制対象外となることへの検討も必要であろう。
 本報告では、食料の安定確保に関してだけでなく、広く安全保障の視点からこうした担い手問題を分析し、重要な食料供給産業である日本漁業の将来像を検討したい。


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