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【漁業経済学会第69回大会 シンポジウム】
魚類養殖業の現状と課題~ブリ類養殖とマダイ養殖の過去・現在・未来

【シンポジウム解題】

長谷川健二(福井県立大学名誉教授)・佐野雅昭(鹿児島大学水産学部)

養殖業は令和元年時点で海面漁業生産量の約22%、同生産額の37%を占めている。また生産額における割合は近年急激に上昇しており、沿岸漁業層の経営においてその重要性は高まりつつある。養殖業はブリ類やマダイなどの魚類養殖を中心とする給餌養殖とノリ養殖やホタテガイ養殖などの無給餌養殖に分かれるが、近年ではその将来的な可能性や高い市場性から、魚類養殖への注目が高まっている。水産政策改革においても魚類養殖の振興が焦点の1つとなっており、区画漁業権制度にもかなり変更が加えられた。
 しかし日本の魚類養殖が順調に発展しているかと言えば、そうではない。近年では量的にも金額的にも全体の成長は鈍化している。魚類養殖の中心をなすブリ類養殖やマダイ養殖では、過去に急激な成長を遂げたが、全体的生産規模は既にピークを大きく過ぎ、経営体数も減少している。しかし、その一方でこれら養殖業には現在多様な資本の参入も見られ、なかでも新規に参入した大規模経営である大手水産会社の養殖魚類生産のシェアが拡大してきている。こうして従来の在村型の中小企業経営と並んで、経営体数の減少が著しい家族労働力中心の小規模漁家経営が併存する複雑な生産構造となりつつある。そして、こうした国内魚類養殖業の動向を考慮に入れた場合、現在、生産力の担い手は、これまでの発展を支えてきた小規模漁家経営の退出によって生じた“空き漁場”の集中、漁場の沖合化などによる規模を拡大した在村型の中小企業的経営、そして新規参入の大手水産会社に移行する過程にあるように見える。
 近年の国内の魚類養殖業は、シェ-レ現象(=鋏状格差の拡大-魚価安に対し餌料費などのコストの上昇)の拡大などの厳しい経済環境によって経営の悪化が言われて久しい。このような国内経済の状況の下で日本の魚類養殖業は、今後どのような方向に進んでいくのであろうか。今後の持続的成長は実現可能なのか。またそうした変化は沿岸漁村や漁家経営に何をもたらすのであろうか。
 本シンポジウムでは漁業経済学の視点に立ち、こうした転換期にある日本の魚類養殖業の現状を多様な観点から把握・理解し、同時に全体を総括することで魚類養殖業の将来展望を考える上での基盤的知見を学界に提供したいと考える。そのために、以下のようないずれも実態に迫る報告を準備している。
 なお、本シンポジウムはその対象をブリ養殖およびマダイ養殖に絞り込んでいる。日本の魚類養殖はその歴史的経緯が多様であり、現時点における発展段階が大きく異なる。ここでは最も古く現在は成熟期にあり、数量的にも魚類養殖の大宗を占めている上記2養殖魚種を議論の対象とすることが相応しいと考えた。
 第1報告はシンポジウム解題とし、シンポジウムの目的を述べるとともにこれまでの漁業経済学における数十年に亘る魚類養殖研究の発展や成果を振り返り、現時点での到達点と今後の養殖研究に期待される課題や論点を提示したい。以降の報告内容はこうした魚類養殖業研究に関する研究蓄積を前提として理解することが求められる。
 第2報告では現在の養殖業政策を概観する。2019年漁業法改正そして水産政策改革の焦点の1つが養殖業の発展促進にあったことは明らかである。その文脈の中で展開しつつある「養殖業成長産業化総合戦略」とはどのようなものか。そこではどのような道筋で何を実現しようとしているのか。また漁協の自主的漁場管理を規程した「持続的養殖生産確保法」との整合性、また漁業共済制度や生産ガイドラインなどとの整合性はどうか。政策遂行現場からのリアルな報告を期待する。
 第3報告では生産現場の現状を概観したい。ブリ類養殖においては人工種苗導入の困難性、国際的な魚粉市場の逼迫と餌料価格の高騰、労働力不足など生産局面においても依然として課題は多い。しかしそれを補うための様々な機械化・IT化・自動化などの革新的技術の導入、生産規模の零細性・経営の小規模性を土台としながらもそうした限界を克服すべく行われているきめ細かな経営対応など、経営体内外における新たな取り組みも進んでいる。生産現場におけるこうした現状や技術的・経営的課題をここで整理し、共有したい。
 第4報告では養殖魚の市場問題のうち、国内市場における加工処理に焦点を当てる。流通末端の小売業者やチェーン外食ではコスト面から加工機能が大きく縮小されている。他方で流通局面における加工機能向上が強く求められており、労働集約的な加工部門をサプライチェーンのどこに位置づければ最も効率的となるか、が問われている。マダイを事例として取り上げ、最新の状況に迫りたい。
 第5報告では輸出市場アクセスでは今や当然であり、今後は一部国内市場でもその取得が求められるようになる可能性がある環境認証について、国際的に最も多くのケースをカバーしているASCを中心にその実態を理解したい。魚類養殖における環境認証の意義や課題、漁船漁業におけるそれとの違い、輸出市場における重要性、日本市場における今後の発展可能性などに関する報告が期待される。
 
 以上の5報告は多様な専門分野に亘る幅広く同時に奥深い内容から構成されており、短時間のシンポジウムだけでは総合的に理解することが困難であることが予想される。しかしそれらの内容は現実の魚類養殖産業において相互に強く関連しており、どこかだけを切りとった議論、どこかを切り捨てた議論は有用なものとはならないだろう。困難ではあるが、報告者やコメンターそしてフロアを交えた双方向の議論を活発に行うことで、多くの参加者が総合的理解に近づけることを期待している。そして今後の漁業経済学分野における魚類養殖研究の通過点としてその研究史に僅かでも貢献し、同時に日本型魚類養殖業の将来展望を描くことができれば、企画した者として望外の喜びである。多くのみなさまの聴講と積極的な議論への参加を期待している。
(なお予定しておりましたブリ類の輸出に関する増永勇治氏(グローバルオーシャンワークス)の報告は、報告者の海外渡航のご都合により残念ですがキャンセルとなりました。ご了承ください。)

【シンポジウム・プログラム】

テーマ:魚類養殖業の現状と課題~ブリ類養殖とマダイ養殖の過去・現在・未来
コーディネイター:長谷川健二(福井県立大学名誉教授)・佐野雅昭(鹿児島大学水産学部)
司会:佐野雅昭(鹿児島大学水産学部)・三木奈都子(水産研究・教育機構)
進行:
開会挨拶:代表理事 佐野雅昭(鹿児島大学水産学部)
第1報告:(13:10~13:30)これまでの魚類養殖業の経済・経営研究の成果と深堀すべき課題
     長谷川健二(福井県立大学名誉教授) 
第2報告:(13:35~13:55)「養殖業成長産業化総合戦略」の概要とその課題
     櫻井政和(水産庁栽培養殖課)
第3報告:(14:00~14:20)ブリ類養殖業における生産現場の現状と課題
     中平博史(全国海水養魚協会)
第4報告:(14:30~14:50)養殖マダイ流通における加工プロセスの存在形態とその課題
     久賀みず保(鹿児島大学水産学部)
第5報告:(14:55~15:15)<環境配慮>魚類養殖に求められる認証とその意義
     山本光治(ASCジャパン)
総合討論:(15:30~17:00)

なお今回大会より参加費は無料となりました。非会員の方々もお誘い合わせの上、積極的にご参加下さい。

【シンポジウム解題】
第1報告:これまでの魚類養殖業の経済・経営研究の成果と深堀すべき課題

長谷川健二(福井県立大学名誉教授)

1.次に、これまでの魚類養殖業の経済・経営研究の整理を主要な代表的と思われる5名の研究者の論考(もちろんその他にも有益な議論を展開している研究者もいる)を中心に、社会的・経済的な時代的状況との関連でコメントを加え、最後に現代の課題に関して述べることとする。とくにその歴史も古く、かつ現在でも魚類養殖業における基幹的養殖魚種であるブリ類とマダイを中心にとりあげる。
(1)1960年代中頃-1980年代前半~小規模経営を中心とする議論
 やや長いスパンであるが、ブリ養殖業に小規模な沿岸漁業者が多数参入する1960年代中頃-80年代前半期をまず第Ⅰ期とする。この時期については、かなりな資本力が必要とされたブリ養殖業へのこれまでの築堤式、その後の網仕切り養殖などの技術にかわって、あまり場所も限定されない小資本で着業が可能な小割式養殖技術が開発され、西日本漁村各地へ急激に普及し、零細な沿岸漁業者が大量参入した時期であった。その結果、既存の養殖漁場の狭隘さによって過密養殖による歩留まり率の低下問題を引き起こした。その問題は魚類養殖業にとって養殖漁場の自家汚染の死活問題として繰り返しとりあげられた。また、当時のマーケットは3kgサイズの刺身向けハマチが中心の関西方面であったが、79年には養殖ハマチが関西方面で供給過剰となり、価格も下落した。その後、5kg以上のブリの切り身中心の関東方面へもスーパ-を対象にマーケットが広がり、ブリ養殖業界の成熟と再編が叫ばれた時期である。
 この時期における経済学的研究として、まず、吉木武一、浦城晋一の論考がある。この2人の議論の中心は、ブリ養殖業の多数を占めていた小規模経営に対する現状認識と存続の展望を巡ってである。両者の研究はともにブリ養殖業への大量参入が継続し、その大部分を占めていた家族労作的な小規模経営の生産力評価の問題に関しての論究である。
 吉木は1965年の論文では、小規模・零細魚類養殖経営の生産力に関してペシミスティクな評価であったが、81年論文では「養殖漁家の経営存立条件を地域ぐるみで確保しえるような集団的漁場管理をどのように確立するか」というところに論点を移行させている。このような特定区画漁業権に基づく漁協管理下の集団的漁場利用と調整機能に家族労作型の小規模経営の存続条件を見出した。
 こうした吉木に対して、浦城は戦後の海面養殖業が「共同体的漁場利用」によって多数の漁民ぺザントを就労させることが可能となったところに、「深甚の意義」があった。しかし、それは同時に多数の零細な漁民ペザントの参入を招来し、漁村内共同体の平等主義的ル-ルによって1人あたりの養殖漁場の細分化となり、その結果、「資本主義的マシン」(=ファクトリ-・システム)の侵入によって過密養殖が引き起こされ、漁場環境の悪化が生じ、養殖魚の歩留まり率の低下をもたらしたことを指摘している。そしてさらに生産過剰が構造化し、価格下落を引き起こした。こうした悪循環の中で浦城は、やがて発展に抑止力が働くようになり、過剰生産を通して「企業体経営やペザント的零細経営は整理され、ファミリ-・ファ-マ-的小経営が養殖業の主たる担い手となっていく」とし、新たな質を持った担い手の形成(=ファミリ-・ファ-マ-)こそが今後の方向性であるとする。
(2)80年代前半-90年代~ブリ養殖業の産地再編を巡る議論 
 80年代中頃から90年代にかけては、養殖ブリの過剰生産と価格低下、過密養殖が原因とみられる漁場の老化が一層深刻化し、TBTO(トリブチルスズ化合物)問題をはじめ抗生物質等の“薬づけ”と称されるブリ養殖業をめぐる消費者の「安全・安心」を脅かす社会問題としてジャ-ナリズムからのバッシングも重なり、消費者の“養殖魚離れ”が進行し、厳しい市場環境に直面することとなった。こうした状況の中で、これまで養殖ブリを行ってきた小規模零細経営の撤退と三重県などの小規模な養殖経営が層厚く存在する小規模産地の後退、それに対して鹿児島県、宮崎県などの大規模産地の出現という産地移動が顕著となり、さらに小割養殖技術がそのまま使用できるということで小規模産地、および小規模養殖経営では魚病に強く、当時、高価格であったマダイ養殖へと魚種転換が進行した。
 こうした時期を中心に濱田英嗣は「過当競争」というキ-・カテゴリ-を用いて生産段階のみならず流通段階の競争構造を含む産業組織論的に分析を行った。濱田はまず、養殖生産段階における「過当競争」の要因を近代合理的経営感覚が育っていない「伝統的家族経営の過当競争」にあるとして、それを餌料、資金面から許容した漁協の在り方、そして「考察の範囲を関連産業」、とくに餌料業を兼ねる中間流通業者にまで押し広げ、産業組織論的アプロ-チから全体構造における過当競争のメカニズムを明らかにした。
 この時期は、大手の中間流通業者間の寡占体制下の競争が激しく展開され、関東方面のシェア争いの中で神奈川県などに出荷基地の建設が行われ、産地からの「ボ-ト積」といわれる活魚船での輸送体制が確立し、そうした流通システムの形成がさらなる競争の誘因となったことを明らかにしている。濱田の大きな研究的貢献は、生産段階における小生産者間、および小生産者が多数を占めていた産地間おける過当競争メカニズムを、それを推進した漁協を含む流通段階の主体との関連において分析した点にある。こうした、濱田の、いわば産業組織論的アプロ-チは、吉木、浦城が主に生産段階での分析に終始した内容と比較した場合、70年代後半から80年代に入って小規模養殖業者が養殖魚の商品市場のみならず餌料・資材・マダイ稚魚などの人工種苗などの面で産地大手問屋・県漁連への依存が深まり、そうした中間流通業者を介して諸市場に組み込まれ、その影響を強く受けるという時代的状況を反映したものである。
(3)2000年代-現在~小規模層の大量退出と規模拡大の進行
 1990年代後半から始まった現在まで継続する雇用の非正規雇用者の増大、賃金の長期的な下降、日本の国内経済の不況に規定され、また長期的には若年層を中心とする水産物消費の低下などによる所得弾力性の高い副食的位置に置かれている水産物に対する購買力が低下してきた。他方、魚類養殖業においては、海外、とりわけ中国における魚類養殖業の飛躍的拡大による餌料原料であるペル-、チリなどからのアンチョビ-に対する需要が高まり、国際価格の上昇も継続し、また石油価格の高騰なども燃油、養殖資材の価格上昇による経営危機をより深刻化させる鋏状格差(=シェ-レ)の拡大が進行した。
 こうした社会的経済的状況の中で魚類養殖業における後継者のいない小規模層の大量の退出と“空き漁場”の集中化による残存魚類養殖経営体による規模拡大傾向が顕著に見られるようになった。それは、養殖漁村内からも特定区画漁業権の行使規則の改定による残存経営体への小割台数の配分の増加をはじめとする対応にも現れている。また、90年代に他業種・他漁業から参入した企業的養殖経営が各県の新設沖合区画漁場への進出も活発となり、さらに最上層にマルハ・ニチロ、日本水産などの大手水産企業が多大な固定資本を必要とするマグロ養殖業に本格的に着業し、カンパチ、ブリなどの従来、小生産的家族経営が行っていた魚種にも経営不振に陥った在村型養殖企業との連携・統合などの形で参入してきた時期である。
 こうした時期における研究としては、小野征一郎と佐野雅昭がいる。ともに経営学からのアプロ-チである。なかでも小野は統計的な経営分析を中心としており、規模拡大化しつつある、こうした傾向を抽出しようとしている。そして企業的経営(=「ファミリ-・ファ-マ-よりは、・・・経営規模が大きい中小資本養殖経営」)に軸足をおいた魚類養殖業に対する政策的方向性、とくにその生産性の高さを強調している。小野の論考に見られるこうした論調は、本人も言うように必ずしも漁村外の大手水産企業を念頭に置いたものではないが、80年代-90年代を通して魚類養殖業に現れた規模拡大を遂げつつあった上層経営に重点を置き、その成長力に焦点を当てている。小野のこうした論考は、魚類養殖業における将来的展望を見据えた担い手の問題として提起されており、きわめて政策的意図が強い。
 佐野はアメリカ経営学の経営組織論的アプロ-チ(あるいはドラッカ-のマネジメント論的アプロ-チと言ってもよい)から企業か、あるいは家族経営かという経営主体の経済的性格の違いに重点を置くのではなく、両方に共通する組織のあり方(小規模家族経営の場合は漁協の経営組織)としてのマ-ケティングを経営の中心に据える、いわばマネジリアル・マ-ケティング論から分析を試みている。佐野が事例の一つとして小生産的経営が大多数を占める鹿児島県東町漁協による養殖ブリのグロ-バル戦略をとりあげ、多数の小生産的経営を基盤としている漁協経営の在り方に焦点を当てマ-ケティング戦略の観点からその重要性を述べている。佐野の場合、マーケティング戦略が構築できる組織の基盤となるのは、もちろん一定の規模が前提となるのであるが、どちらかと言えば、企業的経営であれ、漁協経営であれ、個別の経営主体の規模にかかわりなく経営組織論的なマ-ケティングの機能を強調している点が特徴である。
 
2.研究上における深堀すべき課題
 以上のように、これまでの養殖魚類の主要な経済・経営学的分析に関する研究成果に関して紹介してきたが、最後に今後、深めていかなければならないいくつかの研究課題について述べる。
 第一には、魚類養殖業界を歴史的かつトータルとして観察した時に、長期的な視野から何が基本的底流(言い換えれば基層としての問題)として存在するのか?という問題である。もちろんその時々の社会的時代状況は魚類養殖業にとって有利な場合も今日のように不利な場合もある。そうではなくて、いわば“基層としての魚類養殖業問題”を深堀する必要があるのではないか。今後の持続的な魚類養殖業の構築を展望した場合、こうした根本的な問いかけがどうしても必要であろう。
 第二は、現段階の規模拡大した上層経営が果たして小規模家族経営から上向化し、自立的企業的な個別経営へと上昇転化したものであるのかどうかという問題である。こうした経営が私自身の調査による考えを先に述べさせてもらえば、もともと漁村内での規模格差が存在していたが、厳しいシェ-レ(魚価安-餌料価格高)が継続する下で後継者を欠いた小規模経営が大量に脱落し、①後継者を確保した残存経営が特定区画漁業権の行使規則の改定によって小割台数の増加による“空き漁場”が使えるようになり、養殖魚村内で再分配が行われ、家族経営の枠内で一定の規模拡大を遂げた事例(=「ファミリ-・ファーマ-」化)、②もともと流通業者、中小資本漁業であったが60年代後半-70年代にイワシなどの漁獲の不漁を転機としてブリ養殖業に参入した事例、③兄弟・親戚など血縁関係などによる個々の小規模経営の共同化によるもの、などがある。
 第三は、それと関連して、いわゆる“規模拡大”が果たして経営主体の合理的な資源(資本・労働・漁場・市場)の選択としての企業としての意思決定、とくに佐野によるマーケティング力を持ち合わせた積極的な対応(もちろん、そうした対応もあるとは思うが)であるのかどうか、という問題である。むしろ厳しいシェ-レが継続するなかにあって損益分岐点の上昇による「余儀なくされた規模拡大」でないのかどうか。その点での実態調査を踏まえた検証が必要であろう。
 第四に、そう考えると企業的経営と言っても必ずしもその内容が企業的利益を生み出す安定性を持っていないのではないかと思われるのである。このような点での経営内容の分析の問題が検討される必要があるのではないかと思われる*。
 第五は、現在の厳しい社会的経済的状況を考慮するとき、一定の規模の論理が働くのは当然としても魚類養殖業における生産性の向上とは何か、に関して議論を深める必要があると考えられる。ブリ類、マダイに関しては、漁場の生産性と規模に伴う海上作業での労働生産性の向上は必ずしも連動しないと私は考えている。同一条件の漁場では、生産性は変わらず、異なる自然生産力を持つ漁場の効率的な組み合わせによるものであり、また規模拡大=養殖漁場の集積・集中は、養殖漁場の分散化を余儀なくされ、養殖作業の効率性が落ちる。すなわち労働生産性が低下する。したがって効率的な養殖作業がどこまで可能であるのか?経営学的な実証研究が待たれる。

*例えば、2019年の会社のブリ類養殖企業の粗利益が29,342千円、マダイ養殖企業の粗利益が27,891千円であったが、翌年の2020年には、前者がマイナス4,930千円、後者がマイナス34,296千円となり、変動幅が大きく安定した企業的経営とは言えない。

第2報告:「養殖業成長産業化総合戦略」の概要とその課題

櫻井政和(水産庁栽培養殖課)

1.経緯
 本年3月に閣議決定された新たな水産基本計画において、海面で営まれる養殖業については、「養殖業成長産業化総合戦略に基づく取組を着実に実施」すると記載されている。養殖業成長産業化総合戦略(以下、「戦略」と記載する。)は、令和2年7月に魚類養殖を対象にして策定・公表され、1年後に貝類・藻類を対象に追加し、改定された。
2.戦略の概要
 全体は5つに分かれており、第1から第3までは養殖に関わる需要、生産、技術開発の動向を取り上げている。第4は「養殖業成長産業化に向けた総合的な戦略」、第5は「養殖業成長産業化を進める取組内容」となっており、これらの部分に養殖施策に関する記載が盛り込まれている。
3.現在実施中の施策
 戦略に記載されている施策は多岐にわたるが、主要事項の進捗と課題は以下のとおり。
(1)養殖生産量の増大
 国内外で需要の拡大が見込まれる等の養殖品目を戦略的養殖品目に指定し、2030年の生産量目標を成果目標として設定した。ブリ類及びマダイについては、輸出の増大を図ることを基本として取り組んでいる。
 生産量の増大に向けた取組と整合を図るため、これまで生産抑制的に運用されてきた養殖生産数量ガイドラインの内容を改定した。また、養殖現場での池入数量を実質的に規制してきた漁場改善計画(持続的養殖生産確保法に基づき漁協等が作成し、知事の認定を受ける)も、増産を可能とする仕組み、内容とするよう検討を進めている。
(2)マーケットイン型養殖の推進
 マーケットイン型養殖への転換を図る一環として、産地事業者統合、生産者型企業等の5類型を将来めざす姿として例示し、バリューチェーンの価値向上を推進する。
 また、事業性評価を活用した経営の可視化を通じて、経営改善や融資の円滑化につなげる取り組みを推進している。
(3)技術・研究開発の推進
 スマート水産業による生産性向上、人工種苗の開発・普及、大規模沖合養殖の展開等について、水産庁としての支援措置も講じつつ現場での取り組みを推進している。
 陸上養殖については、「将来有望な技術」と記載しており、別途、水産基本計画において、「内水面漁業振興法に基づく届出養殖業に位置付ける。」と規定した。

第3報告:ブリ類養殖業における生産現場の現状と課題

中平博史(全国海水養魚協会)

 日本の海面魚類養殖業は昭和2年、香川県引田町で始まった。その後、小割式生け簀の開発や安価な国産餌料の潤沢な供給に支えられ、また日本の沿岸漁船漁業が「獲る漁業からつくる漁業へ」と変革を遂げる中、多数の沿岸漁業者の新規参入があり大きな発展を遂げる。昭和35年には養殖業者の組織化が図られ「瀬戸内海かん水養魚協会」が誕生した。その後何度も改組が進められ、現在の全国海水養魚協会に至っている。当協会は主として中小海面魚類養殖経営体の経営維持のために、経営体個々では対応が困難な種苗確保、技術開発と普及、研修や情報交換、生産情報の発信や展示会の開催などを行っている。本報告ではそうした生産者を代表する立場から、中小経営体が現在抱える問題点や課題を整理し、提示したい。
 まず中小経営体の経営維持においては基本的な2つの課題がある。①コスト競争力の獲得、②サステナビリティ(持続性)の獲得、の2点である。この課題は海面魚類養殖の全ての局面において共通して存在しており、多くの場合二律背反的であるが、その両立が求められる。  また中小海面魚類養殖経営体における経営問題発生局面として重要なものは以下の5つである。それぞれに技術的あるいは経営的な問題が存在する。
(1)育種:天然種苗の不安定性や育成スケジュールの硬直性を克服するために、人工種苗化や育種技術の開発が期待される。しかし現状ではコストが高く、大きな投資も必要となる。
(2)魚病(ワクチン開発含む):迅速で正確な魚病対策は経営持続に必須である。しかしワクチンや水産薬の開発は市場規模の割に投資が大きく、公的研究機関や民間企業に依存しており、高価となる。
(3)餌料:餌料は類養殖経営の成否を左右する重要な要素である。しかし原料魚や魚粉の供給は不安定で価格も上昇している。植物由来原料や廃棄物を利用した安価な餌料を開発する必要がある。
(4)環境:養殖漁場の環境維持や赤潮防除は魚類養殖経営に非常に重要な技術である。また近年では気候変動による海水温上昇、マイクロプラスチックなど新しい問題も発生してきた。
(5)労働:労働力の確保は年々困難性を高めている。労働コストも上昇しており、養殖経営の持続性を低下させている。省力化のための機械化を進める必要があり、技術開発が待たれるところである。
 またこうした技術的・経営的問題に加えて、市場の現代的な変化に対応するための生産組織の合理化や高付加価値化が中小経営体にも求められるだろう。
 こうした問題の解決に向けて短期・中期・長期での計画的な取り組みが進んでおり、全海水も全力を尽くしているところである。

第4報告:養殖マダイ流通における加工プロセスの存在形態とその課題

久賀みず保(鹿児島大学水産学部)

1.水産物流通における組織型小売業の主導性強化と養殖魚への期待

日本国内における水産物流通において、大規模な組織型小売業(いわゆる量販店)および外食産業の支配力が拡大している。これら効率性を追求した大規模業者のバイイングパワーの拡大と経営論理の貫徹が、水産物流通に大きな影響を与えているのだ。三度にわたる卸売市場法の改正もこうした状況を追認し、「流通合理化」の実現を追求している。結果、場外流通が発達し、市場経由率は大きく低下した。特に養殖魚においてはこの傾向が顕著である。

大衆消費に向き合う量販店においては店頭における価格訴求が強まり、調達価格引き下げが必要となった。同時にオペレーションコストやロス率を軽減するためにいわゆる「4定条件」を満たす工業製品的なアイテムが重要となった。他方回転寿司チェーンなどに代表される大衆向け外食産業でも、廉価性と大量性、周年安定供給性を兼ね備えたアイテムの調達が必要となっている。養殖魚はこうした巨大な大衆品市場が求める商品性を有しており、現代的水産物市場にとって不可欠な存在となっている。
2.食の簡便化と養殖魚の販売
 食品市場では簡便化志向が強まっており、即食型商品(真空包装されたレンジアップ商品など)に代表されるような調理や摂食の手間が省ける加工食品(高付加価値製品)の需要が拡大している。養殖魚(天然魚も同様だが)でも同様の傾向があると考えてよい。養殖魚が水産売場で姿売り(ラウンド商品)されることはほとんどなく、既に刺身やサクあるいは寿司にまで加工された形で販売される割合が増えている。店頭での販売に至る前段階のどこかに加工プロセスを導入することが必須となりつつあるのだ。
 しかし量販店バックヤードにおける養殖魚のインストア加工実施は困難になっている。1990年代初頭までのバブル経済期までは、ラウンドで入荷した養殖魚をインストア加工する対応がとられてきた。しかし、バブル崩壊後には人件費コストの圧縮が売場の至上命題となり、水産売場でも労賃の高い専門的作業を行える熟練労働者(ラウンドを扱える)を単純作業しかできない安価なパート労働に置き換える傾向が強まった。こうした量販店水産売場店頭機能の劣化は、加工プロセスの外部化を要求する。
 他方、回転寿司チェーンなど外食産業でも、寿司用の「ネタ切り」という高度な加工プロセスが必須であるにも関わらず、熾烈な同質化競争とそれに伴う価格競争が進んだ結果、店舗における人件費を強度に圧縮せざるを得なくなってきた。ここでもやはり熟練労働力の雇用維持は困難化しており、加工プロセスの外部化が強く要求されているのである。
3.問題意識と目的
 このように養殖魚の流通末端では、小売業でも外食産業でもともにラウンド品を消費者が望む簡便性の高い形態にまで加工する機能が失われつつある。言い換えれば、小売業や外食産業などの川下に養殖魚を納入する川上か川中のどこかに、ラウンド品を加工するプロセスを配置することが必要となっている。ではそれはどこに配置することが効率的なのだろうか。
 かつては労働力コストの低い養殖産地周辺で加工することが効率的だと考えられてきた。しかし現在では養殖産地での労働力不足が深刻化しており、労働力を巡る条件は変化しつつある。現在あるいは今後、養殖魚の加工プロセスは産地で行うべきなのか、消費地でやるべきなのか。あるいは様々な流通チャネルの様態によって、それは異なるのだろうか。
 養殖魚の流通には多様な生産者や流通主体が関係しており、その構造は一様ではない。現時点において、どのような加工プロセスが、どこに存在し、誰が投資し、どのような機能を果たしているのか。またそれらはいかなる課題を有し、どのようなチャネルがどのような条件の下で競争力をもつのだろうか。本報告ではこうした問題意識に接近するため、まずは量販店を終着点とする養殖魚の流通チャネルにおいて、現存する加工プロセスの実態および課題を明らかにしたい。調査対象は、加工プロセスの外部化が強く求められているが問題も多いと考えられる養殖マダイを対象とする。主産地である愛媛県宇和島地区の大手加工企業、周辺産地である熊本県天草地区における中小加工企業、そして大消費地における量販店での入荷状況や消費地での加工プロセス状況に関する知見を有する東京都中央卸売市場卸売会社への聞き取り調査を実施し、現時点で明らかになったことを報告したい。

第5報告:<環境配慮>魚類養殖に求められる認証とその意義

山本光治(ASCジャパン)

ASCは環境と社会に配慮した責任ある養殖場を認証し、その水産物をマーケットに繋げる国際認証制度である。国内外のマーケットが重要視する魚類養殖の環境負荷には1)餌原料による水産資源への影響、2)周辺環境や生態系への影響、3)魚病対策や薬剤の使用、4)エネルギー(GHG)の使用効率などが考えられる。認証制度は水産物のトレーサビリティーを担保する上で有益であり水産物を加工・流通する企業がCoC認証を取得することで管理される。またASCは養殖場やサプライチェーンの企業の方々の協力で得られるデータを活用した認証物重量の照合や微量元素プロファイリングのプログラムも実施している。

環境や社会に配慮した養殖場から生産された水産物を、それらの水産物を求めるマーケットに厳格かつ効果的に繋げることが認証制度が果たすべき役割である。欧米諸国ではASCロゴの認知度も国内より格段高く国内水産物の輸出戦略としても期待される。レーティングプログラムなど水産物の持続可能性を別の手法から取り組む組織との連携も業界全体の取り組みを拡大・加速させる上で重要であると考える。